遅刻や仕事のミスを理由に、会社が懲戒として給料を減らすことは、労働基準法で「減給の制裁」と呼ばれ、就業規則に定めがあり、しかも法律の上限の範囲内でしかできません。上限は二つあり、1回の事案についての減給は平均賃金の1日分の半額まで、1賃金支払期(月給なら1か月)に何回あっても合計はその期の賃金総額の10分の1までです(労働基準法第91条)。
長崎労働局の資料は、減給や罰金などの賃金を引き下げる制裁もこの上限の中で認められるとしています。一方、「不良品1個につき100円」のように損害の賠償額を前もって決めておき、給料から差し引くやり方は、減給の制裁とは別の条文で禁止されています(第16条・第24条)。
この記事では、減給の制裁の条件と上限の計算、遅刻控除や降格との違い、罰金・弁償との線引き、おかしいと思ったときの相談先を、労働基準法の条文と厚生労働省・労働局の案内で確かめます。
減給の制裁ができる条件
就業規則に書かれていること
長崎労働局の「労働法の基礎講座」は、どのような行為に対してどのような制裁を行うかは、あらかじめ就業規則等で定めて労働者に周知しておく必要があるとしています。そのうえで、減給や罰金などの賃金を引き下げる制裁も認められるが、1回の減給額は平均賃金の2分の1を超えてはならず、複数の制裁を同時期に行うときは1回の賃金支払期間の総支給額の10分の1を超えてはならないとしています。山梨労働局のQ&Aも、制裁としての減給を行うには就業規則に制裁に関する規定を設ける必要があり、根拠なく制裁を行うことはできないと説明しています。
常時10人以上の労働者を使う会社は就業規則を作り、労働基準監督署に届け出る義務があります。そこに書く事項の一つが「表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項」です(第89条第9号)。減給の制裁をするなら、その種類と程度を就業規則に書いておかなければなりません。
まず手元の就業規則で、懲戒(制裁)の章に「減給」があるか、どんな行為が対象か、どの程度減給するかを確かめます。
法律の上限(第91条)
第91条の条文は次のとおりです。
就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。
鹿児島労働局のQ&Aは、これを「1回の事案による制裁は平均賃金の2分の1まで、また、1賃金支払期について数事案発生してもその合計額がその1賃金支払期に支払われる賃金総額の10分の1まで」と言い換えています。
二つの上限は、どちらか一方を守ればよいものではありません。1回ごとの上限と、1賃金支払期ごとの上限の両方の内側に収める必要があります。
上限の計算
平均賃金の出し方
平均賃金は、休業手当や減給の制裁の上限、年次有給休暇の賃金などの計算の基準になる額です(長崎労働局)。第12条と長崎労働局の資料によると、原則の計算式は次のとおりです。
平均賃金 = 直近3か月の賃金の総額(総支給額)÷ その3か月の総日数(暦日数)
- 「直近3か月」は、事由が発生した日の直前の賃金締切日からさかのぼった3か月です。
- 賃金の総額からは、臨時に支払われた賃金(退職金など)と賞与を除きます。
- 山梨労働局のQ&Aは、総賃金を税金や社会保険料を控除する前の賃金(総支給額)と説明しています。
日給制や時給制などでは、賃金総額をその期間に実際に働いた日数で割った額の60%が最低保障額になり、原則の計算と比べて高い方が平均賃金です(第12条第1項ただし書、長崎労働局)。勤務日数が少ないパートの人は、こちらの方が高くなることがあります。
山梨労働局は、労働基準法でいう平均賃金は、春闘や賃上げの報道で出てくる統計上の「平均賃金」とは別のものだと注意しています。
計算例
条文の式に当てはめた、編集部の計算例です(端数の扱いは省略しています)。
- 月給30万円(毎月同額、賞与なし)、直前3か月の暦日数が92日の場合
- 平均賃金:90万円 ÷ 92日 ≒ 9,782円
- 1回の事案で減給できる額:その半額の約4,891円まで
- 1賃金支払期(この例では1か月)の減給の合計:30万円の10分の1の3万円まで
1回の遅刻やミスに対する減給は、この例では5,000円にも届きません。
事案が複数あるとき
1回の事案ごとに平均賃金の半額までなので、別々の事案が二つあれば、それぞれ半額ずつ、合わせて1日分まで減給できます。山梨労働局は、これは懲戒事由があった日の賃金から引くということではなく、一つの賃金締切期間の賃金から引くという意味だと説明しています。
ただし、何回あっても合計は1賃金支払期の賃金総額の10分の1までです。山梨労働局のQ&Aは、10分の1を超えてしまう場合について、引けなかった部分は翌月に繰り越すことになると「思います」という言い方で説明しています。
「減給10分の1を6か月」はできない
ニュースで見る「減給10分の1、6か月」のような処分について、山梨労働局のQ&Aは、労働基準法の適用がある労働者にはそのような制裁はできないと答えています。報道で見かけるのは、役員報酬の返上など、労働基準法上の労働者ではない人の処分ではないか、という説明です。
鹿児島労働局のQ&Aも、勤務態度が悪く遅刻もある従業員に「制裁として3か月間、給料を10%減らす」例を取り上げ、許されないと答えています。
山梨労働局は、上限を超えて減給した場合、超えた分は労働者に返還しなければならないとしています。
減給の制裁に当たらないもの
遅刻・欠勤した時間分の控除
山梨労働局のQ&Aによると、賃金は「ノーワーク、ノーペイ」が原則で、働いていない部分を支払わなくてもよいので、遅刻や欠勤した分だけを賃金から差し引くことは減給の制裁になりません。
一方で、差し引く額が遅刻や欠勤の分を少しでも超えれば、それがたとえ1円でも、超えた分は減給の制裁になると考えられる、とも説明しています。遅刻した時間より長い時間分を引くような扱いは、超えた部分が第91条の上限と就業規則の定めの範囲内かどうかが問われます。
給与明細で遅刻控除の額を見たら、実際に遅れた時間と、時給換算した単価で計算した額と比べてみます。
出勤停止と降格
山梨労働局のQ&Aは、出勤停止で賃金が支払われないのは出勤停止の結果であり、減給の制裁とは関係がないとされているとしています。
また、仕事の内容が変わる降格や異動で賃金額が下がるのは、仕事内容の変更に伴う賃金額の変更であるため、減給の制裁には当たらないとされているとしています。
これらは第91条の上限の対象ではありません。ただし、処分としての重さが妥当かどうかは別の問題で、山梨労働局も、1回の遅刻でいきなり減給の制裁を行うことが合理的かには疑問が残ると述べています。
「罰金」「弁償」は別のルール
賠償額を前もって決めておくことの禁止(第16条)
第16条は、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と定めています。
厚生労働省「確かめよう労働条件」のQ&Aは、「不良品1個につき100円を給料から天引きする」と言われた例について、前もって使用者が賠償額を決めることは違約金の定めや損害賠償の予定として禁止されており、天引きを実行することも賃金の全額払いに違反するため許されないと答えています。事業主向けのQ&A(スタートアップ労働条件)も、同じ内容の内規は無効で、実際に徴収することも認められないとしています。
就業規則に定めた制裁として「罰金」を科す場合は、前の章の減給の制裁の上限がかかります(長崎労働局)。これに対して第16条が禁じているのは、労働契約の不履行について違約金や損害賠償の額を前もって決めておくことです。会社が実際に損害を被った場合でも、その事実を証明して損害賠償を請求できるにすぎない、と「確かめよう労働条件」は説明しています。
給料からの一方的な天引きの禁止(第24条)
第24条は、賃金は通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならないと定めています。「確かめよう労働条件」は、賠償金や貸付金などを使用者が一方的に賃金から控除することは原則禁じられているとしたうえで、一方的な控除が認められる場合として次を挙げています。
- 税金・社会保険料の源泉徴収
- 労働者の過半数代表などと書面で賃金控除の協定を結んでいる場合
- 裁判所から差押えなどの命令が届いた場合
- 相殺の合意がある場合(労働者の完全な自由意思によるものに限るとした裁判例がある)
- 払い過ぎた賃金の清算で、時期が近く、額が相当な場合(原則として賃金支給額の4分の1以下)
実際に損害が出た場合
「確かめよう労働条件」は、故意または過失で不良品を出し、それと会社の損害との間に相当の因果関係があるときは、実損害額の全部または一部について賠償責任が生じることがあるとしています。その場合でも、賃金からの天引きが許されるわけではありません。
会社が請求できる範囲が限られることもあります。同じQ&Aは、業務中のタンクローリー事故について、使用者が保険に入っていなかったことなどから、信義則上、損害の4分の1を限度としてしか請求できないとした最高裁判決(茨城石炭商事事件、昭和51年7月8日)を紹介しています。
上限を超えた規定・処分への対応
上限を超える規定は、その部分が無効
「確かめよう労働条件」は、第91条の制限を超えた就業規則の規定は、その部分が無効になり、労働者に適用されないとしています。根拠は「就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない」とする第92条第1項です。同条第2項により、労働基準監督署長は法令に反する就業規則の変更を命じることができます。
第91条に違反した者は30万円以下の罰金(第120条第1号)、第16条に違反した者は6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金(第119条第1号)の対象です。第24条の違反も第120条第1号に含まれています。
相談先
- 労働基準監督署への申告。 山梨労働局によると、労働基準法などに違反すると考えられる事実がある場合、労働者は労働基準監督署に申告でき、調査で違反が認められれば会社に是正勧告が行われます。退職後でも申告できますが、労働基準法などには時効があると注意しています。山梨労働局は、雇用契約書や労働条件通知書、給与明細、メールなど関連する記録を手元にある範囲で持参するよう案内しています。
- 総合労働相談コーナー。 各都道府県労働局や全国の労働基準監督署内など378か所にあり、賃金の引下げを含む職場のトラブル全般について、専門の相談員が面談か電話で対応します。予約不要で無料です(厚生労働省)。
確認の順番
- 減給の理由と金額、何か月続くのかを書面かメールで確かめる
- 就業規則の懲戒(制裁)の章に、減給とその対象行為・程度が書かれているかを見る
- 直前3か月の給与明細から平均賃金を出し、1回分(その半額)と1賃金支払期分(その期の賃金総額の10分の1)の上限と比べる
- 遅刻控除なら、遅れた時間分を超えて引かれていないかを計算する
- 「不良品1個○円」のような弁償の取り決めや天引きなら、第16条・第24条の問題として扱う
- 納得できなければ、総合労働相談コーナーか労働基準監督署に、明細と就業規則を持って相談する
この記事で確認できなかったこと
2026年11月8日時点で、次の点は今回読んだ公的資料では確かめられていません。
- 賞与から減給の制裁をする場合の上限の考え方。民間の解説には書かれていますが、今回読んだ厚生労働省・労働局の資料には記述がありませんでした。
- 一つの制裁を複数の月に分けて差し引く場合の扱い。
- 10分の1を超えた部分を翌月に繰り越せるかについての通達の文言。山梨労働局のQ&Aは「思います」という表現にとどまっています。
- 平均賃金を計算するときの端数の扱い。
- 研修費や留学費用の返還の約束が第16条に当たるかどうかの判断基準。
参考資料
- e-Gov法令検索 労働基準法 — 第12条(平均賃金)、第16条、第24条、第89条第9号、第91条、第92条、第119条・第120条(罰則)
- 厚生労働省 確かめよう労働条件 就業規則の減給制裁規定のQ&A — 上限を超える規定は無効、監督署長の変更命令
- 厚生労働省 確かめよう労働条件 不良品の賠償金の賃金控除のQ&A — 賠償予定の禁止、全額払い、一方的控除が認められる場合、茨城石炭商事事件
- 厚生労働省 確かめよう労働条件 賃金の支払方法のQ&A — 賃金支払の5原則と例外
- 厚生労働省 確かめよう労働条件 裁判例 賃金と他の債権の相殺 — 相殺に関する裁判例
- 厚生労働省 スタートアップ労働条件 不良品の天引きのQ&A — 事業主向けの同じ論点
- 鹿児島労働局 賃金・退職金・賞与関係 Q5 — 「3か月間10%減」は許されない
- 山梨労働局 労働基準Q&A 制裁! — 複数事由、10分の1を6か月はできない、遅刻控除・出勤停止・降格
- 長崎労働局 労働法の基礎講座 第8回 平均賃金 — 平均賃金の計算式と最低保障、減給の制裁の上限
- 山梨労働局 労働基準監督署への申告 — 申告と是正勧告、退職後の申告
- 厚生労働省 総合労働相談コーナーのご案内 — 予約不要・無料、面談か電話