結論:退職日までに収まる分なら、会社は先送りできない
退職が決まったあとに残っている年次有給休暇は、退職日までの範囲であれば、指定した日に取れます。沖縄労働局は、退職願を出したうえで残り30日をまとめて取りたいという申し出について、「退職が予定されている者が、在籍中であれば退職時までに年次有給休暇を取得する権利を労働者は有しているので自由に行使することができます」と答えています。そのうえで「労働者の退職期日以降に時季を変更することはできないので、労働者の請求どおり与えなければならないことになります」と続けています。
理由は、会社が持っている権利の形にあります。厚生労働省は時季変更権を「使用者は、労働者が請求した時季に年次有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合にのみ、他の時季に年次有給休暇を与えることができます」と説明しています。他の時季に与える権利であって、消す権利ではありません。退職日より後ろに「他の時季」は存在しませんから、行き先が消えます。
ただし、この理屈が守ってくれる範囲には線が引かれています。守られるのは「退職日までに収まる分」だけです。退職日そのものを後ろへ延ばす権利ではありません。 残日数が退職日までの労働日より多ければ、はみ出した分は退職と同時に消えます。つまり勝ち負けが決まるのは会社と揉めた瞬間ではなく、退職日を口にした瞬間です。
順番を逆にすると、権利は残っているのに日が足りない
よくある失敗は、先に退職日だけ決めてしまうことです。「今月末で辞めます」と伝えてから残日数を数える。足りないと気づいたときには、もう動かせません。
順番はこうなります。
- 残っている日数を確かめる
- その日数を所定労働日で並べ、最終出勤日を置く
- 最終出勤日の翌日から有給が始まるように、退職日を決める
- 退職の申し出には、退職日と最終出勤日の両方を書く
数字にすると差がはっきりします。残り18日、週5日勤務、土日が休みの人が全部使うなら、必要なのは労働日で18日です。暦の上では土日を4回はさむので26日かかります。祝日が1日あれば27日です。退職日を月末に置きたいなら、最終出勤日はその月の3日ごろまで下がります。「月末まで働いてから消化する」は、この計算では成り立ちません。
| 残日数(週5日勤務) | 必要な労働日 | 暦の上で必要な日数の目安 |
|---|---|---|
| 5日 | 5日 | 7日 |
| 10日 | 10日 | 14日 |
| 18日 | 18日 | 26日 |
| 25日 | 25日 | 35日 |
週3日勤務なら、同じ日数でも暦はもっと伸びます。残10日を週3日で消化すると、労働日10日は3週間強に散らばる計算です。祝日の多い月をまたぐならさらに動くので、自分の所定労働日数で数え直してください。
今日できること:残日数を、会社の記録で確かめる
自己申告のメモではなく、会社側の数字を先に取ります。会社には年次有給休暇管理簿を作る義務があり、厚生労働省は「労働者ごとの年次有給休暇管理簿(時季、日数及び基準日記載)の作成および当該期間満了後3年間の保管が義務づけられました」と説明しています。記載されるのは「労働者ごとの基準日(年休権が生じた日)、取得日数および年次有給休暇を取得した日付」です。「自分はいま何日残っているか」の答えは、必ず会社の手元にあります。
この管理簿を本人に見せるよう義務づけた条文は見当たりません。それでも、名前を出して聞けば話が早く済みます。上司ではなく、給与や労務の担当者にこう伝えてください。
「年次有給休暇管理簿で、私の基準日と、繰越分を含めた現在の残日数を教えてください」
給与明細に残日数が印字されている会社も多いので、先にそちらを見ておくと、返ってきた数字と突き合わせられます。食い違ったときは、基準日と繰越分のどちらでずれているかを聞きます。
数え方には期限もあります。厚生労働省は年休について「労基法第115条に基づき2年の消滅時効にかかると解されており、年休発生日から2年間は行使可能」で、繰り越せるのは前年度分だけだと説明しています。古い年度の分から先に消えるので、残日数が多い人ほど、退職まで待つあいだに目減りしていきます。
「引き継ぎがあるから」と言われたときの順番
口頭のやり取りで押し切られないよう、動く順番を決めておきます。
第一に、時季を書面かメールで指定します。 「◯月◯日から◯月◯日まで、年次有給休暇を取得します」と日付を並べる形にします。「使いたいのですが」という相談の形にすると、会社の許可がいる話にすり替わります。年次有給休暇は労働者が請求する時季に与えなければならない、というのが法律の建て付けです。
第二に、時季変更権を持ち出されたら、振り替え先の日付を聞きます。 「では、いつに変更されますか」の一文で足ります。退職日までに空いている労働日があれば、その範囲での変更は成り立ちます。空いていなければ、移す先がないという話に行き着きます。ここで詰めるべきは引き継ぎが終わるかどうかではなく、振り替える日があるかどうかです。
第三に、引き継ぎは別の枠で片づけます。 有給の日数を削って引き継ぎ期間に充てるのではなく、最終出勤日までに何を渡すかを絞り込みます。書面の引き継ぎ資料と、後任の質問を受ける窓口をこちらから示すと、会社側の心配は形がつくことが多いものです。
退職日は、動かせる方向と動かせない方向がある
退職日を後ろにずらして有給を全部入れる解き方もありますが、これには会社の同意が要ります。
労働者の側から一方的にできるのは、辞める時期をこれ以上待たないと決めるほうです。厚生労働省は「期間の定めのない労働契約で働いている労働者が退職しようとする場合には、原則として2週間前までに申し入れることと定められています(民法627①)」と説明し、会社が認めなくても退職の申し入れから2週間経過した時点で労働契約は終了するとしています。大阪労働局も、上司が退職願を受け取らないという相談に「会社の同意がなければ退職できないというものではありません」と答えています。
一方で、退職日を延ばす方向は同意がなければ通りません。就業規則に「1か月前までに申し出る」といった定めがあるのが普通で、茨城労働局は、その期間が社会通念上著しく長期間でなければ、就業規則の定めに沿って申し出るほうがトラブルを避けやすいとしています。
ですから、最初の申し出で退職日と最終出勤日を同時に書くのがいちばん確実です。あとから「有給が入りきらないので退職日を延ばしたい」と持ちかけると、そこからは交渉になります。
買い上げは、当てにできる選択肢ではない
鹿児島労働局は「労働基準法では、『有給休暇を与えなければならない』と規定されていますので、金銭を支給しても与えたことにはなりません」「ただし、法を上回る日数の年次有給休暇についてはこの限りではありません」と説明しています。退職時に残った分を会社が任意で買い取ること自体は禁じられていませんが、買い取る義務まではありません。買い取り前提で退職日を早めると、日数も金銭も残らないことがあります。
辞める年でも、年5日の義務は会社側に残る
年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者については、使用者が時季を指定して年5日取得させる義務があります。東京労働局は対象を「年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者(管理監督者を含む)」と示しています。年度の途中で辞める人だけがこの義務から外れるという書き方は見当たりません。1日も取らないまま退職日が近づいているなら、この点を会社側に思い出してもらったほうが、話が動くことがあります。
取ったことを理由に、不利に扱われはしない
厚生労働省は、労働基準法の「附則第136条では年休取得労働者に対する不利益取扱いを禁止する旨の定めを置いています」と説明しています。有給を消化している期間も在籍している扱いですから、社会保険はその会社のままです。次の勤め先の入社日を最終出勤日ではなく退職日の翌日以降に置くのは、このためです。最終出勤日で辞めたつもりになっていると、在籍が重なります。
それでも動かないとき、どこへ持っていくか
会社が「有給は認めない」と言い続けるなら、都道府県労働局の総合労働相談コーナーが窓口です。電話でも相談できますが、次の4つが手元にあるかどうかで話の進み方が変わります。
- 就業規則の退職に関する条項の写し(見せてもらえないなら、その事実もメモしておく)
- 有給の時季を指定して送ったメールと、会社からの返答
- 残日数の根拠(給与明細、または管理簿について会社から得た回答)
- 希望する退職日と最終出勤日
伝える一文は、こう組み立てます。「◯月◯日から◯日分の年次有給休暇を時季指定しましたが、退職日が◯月◯日で、変更先の日を示されないまま取得を認められていません」。争点が引き継ぎの是非ではなく振り替え先の有無だと最初に伝わると、話が短く済みます。
申し出る前に、紙に書き出す4つ
- 残日数(基準日と繰越分の内訳つき)
- その日数を自分の所定労働日で並べたときの、暦の上の日数
- 希望する最終出勤日
- 3の翌日から有給が始まるように置いた退職日
この4つが埋まってから、退職の話を切り出してください。順番が逆になった時点で、選べる範囲は狭くなります。
