不妊治療で医療機関に払った費用は、医師による診療等の対価として払う不妊症の治療費と人工授精の費用であれば、医療費控除の対象です。国税庁は質疑応答事例「不妊症の治療費・人工授精の費用」でこう回答しています。
計算で気をつけるのは、自治体の助成金です。国税庁の別の質疑応答事例は、市が支給する不妊治療費助成金について、医療費控除の計算ではその治療費から助成金の額を差し引くとしています。東京都の助成のように、1回の治療が終わってから申請する仕組みでは、確定申告の時期までに額が決まらないこともあります。その場合は見込額を引いて計算し、あとで確定額と違えば直します。
この記事では、どの費用が対象か、助成金や高額療養費の引き方、助成が決まる前に申告するときの扱いを、国税庁の事例と東京都の助成の案内で確かめます。
国税庁の回答
質疑応答事例「不妊症の治療費・人工授精の費用」の照会と回答は短いものです。
【照会要旨】不妊症の治療費や人工授精の費用は、医療費控除の対象になりますか。 【回答要旨】医師による診療等の対価として支払われる不妊症の治療費及び人工授精の費用は、医療費控除の対象となります。
条件は「医師による診療等の対価として支払われる」ことです。回答は、治療を受けるのが夫か妻か、保険診療か自費かで分ける書き方をしていません。
タックスアンサーNo.1120によると、医療費控除は、自分と生計を一にする配偶者やその他の親族のために払った医療費も対象です。夫婦が生計を一にしていれば、夫の治療費も妻の治療費も、払った人の医療費控除にまとめられます。
保険診療になった治療と、自己負担になる部分
栃木県の案内によると、2022年(令和4年)4月から、人工授精や生殖補助医療が保険適用になり、治療費の負担は3割になりました。保険適用になる治療として、栃木県は次のものを挙げています。
- 原因疾患への治療:造精機能障害、精管閉塞、卵管癒着、排卵障害などに対する手術療法や薬物療法
- 一般不妊治療:タイミング法、人工授精
- 生殖補助医療:採卵・採精、体外受精・顕微授精、受精卵・胚培養、胚凍結保存、胚移植
生殖補助医療には年齢と回数の要件があり、治療開始時に女性の年齢が43歳未満であること、回数は初めての治療開始時点の女性の年齢が40歳未満なら1子ごとに通算6回まで、40歳以上43歳未満なら通算3回までです。
保険と併用できる「先進医療」もあり、その場合の先進医療分は自己負担です(栃木県)。東京都の案内は、タイムラプス、PGT-A(着床前胚異数性検査)、子宮内細菌叢検査などを、告示されている先進医療として挙げています。
タックスアンサーNo.1122は、医療費控除の対象の一つ目に「医師または歯科医師による診療または治療の対価」を挙げ、病状などに応じて一般的に支出される水準を著しく超えない部分の金額としています。保険が使えるかどうかを条件にした書き方ではありません。保険診療の3割負担分も、保険と併用した先進医療の自己負担分も、医師による診療等の対価として払ったものなら、その年に実際に払った額で数えます(No.1120)。
助成金は治療費から差し引く
国税庁の質疑応答事例「地方公共団体が支給する少子化対策のための助成金等の所得税法上の取扱い」は、A市が条例と規則に基づいて支給する不妊治療費助成金を取り上げています。回答のポイントは二つです。
- 不妊治療費助成金は、身体の傷害に基因して受け取る保険金などに類するものとして、非課税所得になる
- 不妊治療費助成金は、医療費控除の「保険金、損害賠償金その他これらに類するもの」に当たるので、助成の対象になった医療費から助成金の額を差し引いて医療費控除を計算する
No.1120も、医療費控除の計算式で、保険金などで補てんされる金額を差し引くとし、その例として高額療養費などを挙げています。不妊治療では、自治体の助成金のほか、健康保険の高額療養費や付加給付、民間の医療保険から受け取る給付金などが、この補てん金の候補になります。
国税庁の事例は「地方公共団体が定めた条例又は規則に基づき」支給される助成金についての回答です。住んでいる自治体の助成がどのような根拠で支給されているかは、自治体の案内で確かめておきます。
引くのは、その治療費からだけ
No.1120は、補てんされる金額は、その給付の目的になった医療費の金額を限度に差し引き、引ききれない金額が出ても他の医療費からは差し引かないとしています。
たとえば、ある1回の治療に助成金が出て、その治療費が全額まかなわれた場合でも、同じ年の別の治療費や家族の通院費まで減らす必要はありません。
東京都の助成で考える
東京都福祉局の案内によると、2026年(令和8年)4月1日以降に始めた治療では、保険診療の生殖補助医療と、それと併用した先進医療の費用が助成の対象です。1回の治療につき15万円が上限で、高額療養費や付加給付金が支給された場合はその額を控除して助成します。全額自己負担で行った体外受精・顕微授精と、人工授精などの一般不妊治療は対象外です。
東京都が示している例に、医療費控除の考え方を当てはめると次のようになります(高額療養費などはないものとします)。
- 保険診療の自己負担9万円、先進医療3万円 → 助成12万円。この1回の治療費12万円は助成で埋まり、医療費控除に入る額は0円
- 保険診療の自己負担12万円、先進医療9万円 → 助成15万円(上限)。治療費21万円から15万円を引いた6万円が医療費控除に入る
東京都の例には、保険診療の自己負担10万円で高額療養費3万円が支給され、助成が7万円になる例もあります。この場合は、10万円から高額療養費3万円と助成7万円の両方を引くので、医療費控除に入る額は0円です。
区市町村が上乗せの助成をしていることもあります。杉並区は、東京都の承認決定を受けた人を対象に、都の助成額などを差し引いた額を上限5万円で助成しています(2026年4月1日以降に始めた治療で、都の承認決定が同年10月1日以降の場合)。上乗せの助成を受けたら、それも同じ治療費から差し引く補てん金の候補になります。
助成が決まる前に確定申告するとき
東京都の助成の申請期限は、「1回の治療」が終わった日の属する年度の末日(3月31日)です。1月から3月までに治療が終わり、3月31日までに申請書等を出せない場合は、同じ年の6月30日まで申請できます。秋や冬に治療が終わると、助成の申請や決定が翌年の確定申告の時期と重なることがあります。
国税庁の質疑応答事例「医療費を補填する保険金等が未確定の場合」とタックスアンサーNo.1120のQ&A(Q2)は、補てんされる金額が確定申告書を出すときまでに確定していない場合について、次のように答えています。
- 受け取る金額を見積もり、その見込額を払った医療費から差し引いて計算する
- あとで確定額が見込額と違ったら、さかのぼってその年分の医療費控除額を訂正する(修正申告または更正の請求)
助成を申請する予定なら、その見込額を引いて申告します。申請しない、または対象外だと分かっているなら、引く必要はありません。
助成金を返したとき
国税庁の質疑応答事例「医療費助成金を返還した場合」は、医療費助成金を返還した金額について、医療費を補てんする保険金等がなくなったことに相当するので、医療費控除を受けた年分の控除額を是正するとしています。この事例は高齢者の医療費助成についてのものですが、補てん金がなくなったときの考え方として参考になります。
控除額の計算と、どの年に入れるか
No.1120の計算式は次のとおりで、最高200万円です。
(その年に実際に払った医療費の合計 − 保険金などで補てんされる金額)− 10万円
総所得金額等が200万円未満の人は、10万円の代わりに総所得金額等の5%を引きます。医療費は1月1日から12月31日までに実際に払った額で数え、未払いの分は払った年の医療費になります。12月に受けた治療の費用を1月に払えば、翌年分です。
医療費控除を受けるには、領収書から「医療費控除の明細書」を作って確定申告書に添付します(No.1120)。先進医療の費用を含め、医療機関の領収書を残しておきます。税務署は、確定申告期限等から5年を経過する日までの間、領収書の提示や提出を求めることがあります。
確認の順番
- その年に夫婦で払った不妊治療の費用を、領収書で集める(保険診療分・先進医療分の両方)
- 治療ごとに、受け取った、または受け取る予定の助成金・高額療養費・付加給付・保険の給付金を書き出す
- 治療ごとに補てん金を引く。引ききれない分は他の医療費から引かない
- 決まっていない助成金は見込額で引く。あとで違えば修正申告か更正の請求をする
- ほかの医療費と合わせて、10万円(総所得金額等200万円未満はその5%)を超えるかを確かめ、確定申告をする
この記事で確認できなかったこと
2026年11月4日時点で、次の点は今回読んだ資料では確かめられていません。
- 先進医療の費用を名指しで医療費控除の対象と書いた国税庁の資料は見つかりませんでした。本文では、質疑応答事例とNo.1122が医師による診療等の対価かどうかで判断していることに沿って書いています。
- 東京都や区市町村の助成が、国税庁の事例と同じく「条例又は規則に基づく」ものに当たるか。所轄の税務署に確認してください。
- 卵子凍結など、不妊症の治療を目的としない費用の扱い。
- 医療保険者が送る医療費のお知らせに、先進医療の費用が載るかどうか。
- 東京都以外の道府県・市町村の助成の内容と申請期限。
参考資料
- 国税庁 質疑応答事例 不妊症の治療費・人工授精の費用 — 医師による診療等の対価として払う不妊症の治療費・人工授精の費用は対象
- 国税庁 質疑応答事例 地方公共団体が支給する少子化対策のための助成金等の所得税法上の取扱い — 不妊治療費助成金は非課税、医療費控除では差し引く
- 国税庁 質疑応答事例 医療費を補填する保険金等が未確定の場合 — 見込額で差し引き、確定額が違えばさかのぼって訂正
- 国税庁 質疑応答事例 医療費助成金を返還した場合 — 返還したら控除額を是正
- 国税庁 タックスアンサーNo.1120 医療費を支払ったとき(医療費控除) — 生計を一にする親族、計算式、補てん金は目的の医療費が限度、明細書と領収書
- 国税庁 タックスアンサーNo.1120 Q&A — Q2 補てん金が未確定なら見込額、違えば修正申告又は更正の請求
- 国税庁 タックスアンサーNo.1122 医療費控除の対象となる医療費 — 医師の診療・治療の対価
- 東京都福祉局 東京都不妊治療費助成事業の概要 — 2026年4月以降の対象、1回15万円、高額療養費の控除、計算例、申請期限
- 杉並区 不妊治療費助成事業 — 都の助成額などを差し引いた額を上限5万円で助成
- 栃木県 不妊治療の費用 — 2022年4月からの保険適用、対象の治療、年齢・回数、先進医療