賃貸の更新で家賃値上げを通知された — 断ると退去しないといけない?
値上げ通知だけでは新しい家賃は確定せず、普通借家なら合意しない限り従前の家賃を払って住み続けられるため、まずは更新書類に押印せず、契約書が普通借家か定期借家かを確かめるところから始めます。
目次(15項目)
更新の案内に「次回契約分より賃料を月8,000円改定させていただきます」と一行だけ添えられていた、という相談が今年は目立ちます。結論から言うと、その通知が届いた時点では新しい家賃はまだ確定していません。借主が合意しない限り、これまでの家賃を払ったまま住み続けられます。最初に見るのは手元の契約書の2か所。「賃料改定」の条項と、契約の種類が普通借家か定期借家かという表示です。ここで取れる手が大きく変わります。
通知は「請求」であって、決定ではない
家賃の変更は、貸主と借主の合意で成立します。貸主から届いた書面は増額を請求したという意思表示で、金額を確定させる力はありません。
根拠は借地借家法32条1項です。固定資産税など負担の増減、経済事情の変動、近隣の同種建物の家賃と比べて不相当になったとき、当事者のどちらからでも将来に向かって増減を請求できると定めています。請求できる、と書いてあるだけ。相手に応じる義務があるとは書かれていません。
だから最初にやることは決まっています。承諾書や新しい契約書に署名・押印しないこと。
管理会社から届く更新書類には、新しい家賃が印字された契約書がそのまま同封されていることがあります。中身を確認せず返送すると、合意が成立したものとして扱われます。返送期限が迫っていても、家賃欄に納得できない数字があるうちは押印を止めておきます。
通知が届く時期と、こちらが動き出す順番
値上げの案内は、更新月の3か月前から半年前に届くことが多い。契約書に「更新の◯か月前までに通知する」と定めがあれば、それが目安になります。通知条項を先に読んでおくと、いつ来るかが読めます。
期限を過ぎてから通知が届いた場合でも、増額請求そのものが無効になるわけではありません。32条の請求は、契約書に書かれた事務手続きとは別に行える建て付けだからです。とはいえ、通知が遅れた事実は交渉の場では借主側に有利に働きます。
動く順番は決まっています。まず契約書で契約の種類と賃料改定条項を確認する。次に通知書の増額理由を読む。そのうえで近隣の募集家賃を集める。ここまで済ませてから返信します。理由も相場も見ないまま「高い」とだけ返すと、話が感情論になって長引きます。
返信までに1週間かけても問題ありません。返送期限が書かれていても、それは管理会社の事務都合であって、法律上の期限ではないからです。
書類を返さないまま更新日が来たら
普通借家契約であれば、期間が満了しても契約は消えません。借地借家法26条の法定更新が働き、従前と同じ条件で契約が続きます。家賃も据え置きのままです。
「更新書類を出さないと契約が切れて不法占拠になる」と言われた、という相談も届きますが、切れません。貸主が更新を拒むには後述する正当事由が必要で、書類の未返送はそれに当たらない。
一点だけ確認しておきたいのが、法定更新後は期間の定めがない契約になる点です。借主から解約するときの予告期間は契約書の定めに従います。定めがなければ民法617条により、申入れから3か月で終了する扱いです。近いうちに引っ越すかもしれない人は、ここを読んでおくと後で慌てずに済みます。
これまでの家賃を払い続けてよい根拠
協議がまとまらないあいだ、借主は自分が相当と認める額を払えば足ります。借地借家法32条2項の定めで、増額を正当とする裁判が確定するまでは、という条件が付きます。実務では従前の家賃をそのまま振り込みます。
ただ、同じ条文の後半も読んでおきます。裁判で増額が認められた場合、すでに払った額に不足があれば、その不足分に年1割の利息を付けて支払う義務が生じます。争っているあいだの差額を、あとからまとめて請求される可能性があるということ。
月3,000円の差額で2年争えば、元本だけで7万2,000円。そこに年1割の利息が上乗せされます。争う金額と想定期間を最初に紙へ書き出しておくと、どこで手を打つかの判断がしやすくなります。
振込を止められたときは法務局に預ける
強気の貸主だと、従前額の振込を受け付けない、現金を突き返すといった対応に出ることがあります。放置すると家賃滞納の記録が残り、契約解除の口実を与えてしまう。
このときに使うのが弁済供託です。賃貸借契約上の支払地を管轄する供託所、つまり法務局に、地代・家賃弁済供託用の供託書を出して家賃を預けます。供託が受理されれば、貸主に支払ったのと同じ効果が生じ、滞納にはなりません。
必要なのは供託書、契約書の写し、預ける家賃そのもの。書式は法務局の窓口とサイトに置かれています。毎月の支払期日ごとに手続きするため手間はかかりますが、滞納の記録を残さないための保険と考えれば、やっておく価値はあります。
貸主が供託金を受け取る際に「債権の一部として受領する」と留保を付けてくる場合があります。これは貸主が増額分の請求権を残すための書き方で、借主の債務が消えている点は変わりません。
値上げに理由があるかを自分で確かめる
32条が挙げているのは、税負担の増減、経済事情の変動、近隣同種建物との比較です。通知にこうした説明が一切なければ、まず理由を書面で示してほしいと返します。管理会社が説明できない値上げなら、その時点で交渉の余地が出てきます。
確かめ方は難しくありません。同じ町名、同程度の広さ、築年数が近い物件の募集家賃を不動産ポータルで10件ほど拾い、一覧にする。自分の家賃がその中央値を下回っていれば、貸主の主張には一定の根拠があります。上回っているなら、その一覧がそのまま交渉材料になります。
築年数の扱いだけは気をつけてください。募集中の部屋はリフォーム済みで家賃が上がっていることが多く、同じ建物でも設備の新しさで差が出ます。自分の部屋の設備が入居時のままなら、その事情も伝える材料です。
同じ条文は、下げる方向にも使える
見落とされがちなのが、32条が増額と減額の両方を定めている点です。近隣相場が下がった、周辺に競合物件が増えて空室が目立つといった事情があれば、借主の側から減額を請求できます。値上げを断るだけでなく、この機会に下げてもらう交渉に切り替える手もあります。
手順は貸主側と変わりません。書面で減額を請求し、協議がまとまらなければ調停へ進みます。減額を争っているあいだ、貸主は相当と認める額を受け取れる扱いになり、確定後に差額を清算します。
契約書の特約にも目を通しておきます。「賃料を減額しない」という不減額特約は、普通借家では効力が認められていません。一方で「一定期間は増額しない」という不増額特約は32条1項ただし書で有効とされ、その期間中は貸主からの値上げ請求を止められます。入居時に家賃据え置きの約束を書面でもらっていた人は、そこを探してみてください。
更新料と家賃改定は切り分けて答える
更新書類には、更新料、事務手数料、保証会社の更新料、火災保険料、家賃改定が一枚にまとまっていることがほとんどです。ここを分けずに「全部保留」と答えると、話がこじれます。
更新料は、契約書に金額と支払時期が明記されていれば支払義務が生じます。最高裁は、更新料条項が契約書に一義的かつ具体的に記載され、金額が家賃や更新期間に照らして高額に過ぎるといった特段の事情がない限り、消費者契約法10条によって無効とはいえないという判断を示しています。
一方の家賃改定に、契約書だけを根拠にした自動的な効力はありません。「協議のうえ改定できる」と書いてあっても、金額そのものは合意が要ります。
つまり返答はこうなります。更新料と保険料は払う、家賃改定には合意しない。この順で伝えるのが一番もつれません。
貸主が本気なら、次に来るのは調停
話し合いが平行線のまま終われば、貸主は裁判所に賃料増額調停を申し立てます。賃料の増減をめぐる紛争は調停前置とされ、いきなり訴訟を起こすことはできません。民事調停法24条の2の定めです。
申立先は物件所在地を管轄する簡易裁判所。調停委員が双方から事情を聞き、必要に応じて不動産鑑定士の評価を取ります。申立手数料は訴訟より低く抑えられており、期日を数回重ねて終わることの多い手続きです。
呼出状が届いたら、欠席せずに出ます。持っていくのは値上げ通知の書面、契約書、集めた近隣家賃の一覧、修繕を依頼した記録。設備の不具合が放置されている、共用部の管理が行き届いていないといった事情は、借主側の材料になります。
調停はあくまで話し合いなので、まとまらなければ不成立で終わります。そこから貸主が訴訟まで進むかは別の判断で、差額が小さいほど費用倒れになりやすい。
「では更新しません」と言われた場合
値上げを断ったところ更新拒絶を通告された、という展開もあります。ここからは家賃の話ではなく、住み続けられるかどうかの話に変わります。
普通借家で貸主が更新を拒むには、期間満了の1年前から6か月前までのあいだに通知を出したうえで、借地借家法28条の正当事由が必要です。正当事由は、貸主と借主それぞれが建物を使う必要性、これまでの経緯、建物の利用状況と現況、立退料の申し出などを総合して判断されます。
家賃の値上げに応じなかったこと自体は、正当事由に当たりません。老朽化による建て替えや、貸主自身が住む必要が生じたといった事情に、相応の立退料を組み合わせて、ようやく認められるかどうかという水準です。
鍵を交換される、荷物を運び出されるといった実力行使は違法です。自力救済は認められていません。実際に起きたら警察と、自治体の住宅相談窓口の両方へ連絡を。
定期借家契約だと前提が入れ替わる
契約書の表題に「定期建物賃貸借契約書」とあり、「期間の満了により終了し、更新がない」と書かれていれば、ここまでの話はあてはまりません。
定期借家は期間が来れば終了します。住み続けるには再契約が必要で、条件を決めるのは貸主です。値上げ後の家賃でしか再契約しないと言われたら、応じるか退去するかの選択になります。借地借家法32条の増減額請求も、賃料改定の特約があれば適用されません。
確認したいのは、契約時に説明書面を別途受け取ったかどうかです。定期借家では、契約書とは別の書面を交付して「更新がなく期間満了で終了する」と説明する義務が貸主にあります。これを欠いた契約は、更新がないという定めが無効になり、普通借家として扱われる余地があります。契約時のファイルを一度探してみてください。
応じたほうが早く済む場面
法的に断れることと、断るのが得かどうかは別の話です。
月2,000円から3,000円の値上げで、周辺の募集家賃も実際に上がっていて、引っ越すと敷金・礼金・仲介手数料・引越費用でまとまった初期費用がかかる。この条件なら、あと数年住む前提では応じたほうが安く収まります。
逆の場合もあります。値上げ幅が家賃の1割を超える、設備の不具合が放置されている、そもそも相場より高い。こういう状態なら、更新を機に動くほうが結果的に負担は軽い。
計算はひとつだけ。値上げ額に住み続ける予定の月数を掛けた数字と、引越し一式にかかる費用を並べます。紙に書き出すと、腹立たしさから離れて決められます。
窓口は管理会社でも、決めているのは貸主
更新書類を送ってくるのは管理会社ですが、家賃を決める権限を持つのは貸主です。担当者は「オーナーの意向ですので」としか答えられない立場にあることが多く、そこで押し問答をしても前に進みません。
必要なのは、管理会社を通してオーナーにそのまま届く文章です。口頭で伝えると担当者の要約に変わってしまうため、メールか書面にしたうえで「オーナーにそのままお伝えください」と一言添える。据え置きを求める理由と、住み続ける意思の両方を書いておくと、貸主側も判断しやすくなります。
サブリース、いわゆる一括借り上げの物件では、借主から見た貸主はサブリース会社です。オーナー個人の裁量ではなく会社の基準で家賃が決まるため、相場資料を出しても動きにくい傾向があります。契約書の貸主欄が不動産会社名になっていたら、交渉の期待値はあらかじめ下げておいたほうが落胆せずに済みます。
最初の返信に書くこと
長く書く必要はありません。
「更新後の賃料改定については合意いたしかねます。従前の賃料をお支払いします。増額の根拠となる資料をご提示ください」
これだけで、合意していないことと支払意思があることの両方が記録に残ります。電話で済ませず、メールか書面で。やり取りの記録は、調停まで進んだときに効いてきます。
金額を下げてもらう方向で話すなら、代わりに出せる条件を添えます。更新後2年は解約しない、設備の交換費用を一部負担する、といった内容です。空室期間を嫌う貸主には響きます。
自分で対応しきれないと感じたら、自治体の住宅相談窓口、法テラス、宅建協会の相談ダイヤル。無料で使える窓口から当たるのが早い順です。
参考にした条文と窓口
- e-Gov法令検索 借地借家法 第26条・第28条・第32条・第38条
- 裁判所 民事調停
- 広島法務局 地代、家賃の受領を拒否された場合にする供託
- 国土交通省 「賃貸住宅標準契約書」について
参考資料
掲載時点で確認した資料です。制度やガイドラインは変わることがあるため、手続き前には各機関の最新情報も確認してください。
この記事をシェア
関連記事
氾濫特別警報(レベル5)が出たら垂直避難すべき?2026年5月29日からの新ルール
くらし どうする?氾濫特別警報(レベル5)が出たら垂直避難すべき?2026年5月29日からの新ルール
結論氾濫特別警報(レベル5)で屋外避難が困難な場合、屋内の高い場所(2階以上)への垂直避難。山側ではなく谷側、北側の部屋など、土砂崩れリスクが少ない方向に。
梅雨の朝に詰めたお弁当、保冷剤を入れても昼まで持つ?家庭で迷う場面の目安
くらし どうする?梅雨の朝に詰めたお弁当、保冷剤を入れても昼まで持つ?家庭で迷う場面の目安
結論家庭でのお弁当の目安は『冷蔵庫から出してから常温で2時間以内』で、保冷剤と保冷バッグを組み合わせれば持ち時間を延ばせます。温かい食材は完全に冷ましてから詰めるのが基本の順番です。
水道代が急に2倍になった——漏水かどうかをメーターで確かめ、減額申請までたどり着く手順
くらし どうする?水道代が急に2倍になった——漏水かどうかをメーターで確かめ、減額申請までたどり着く手順
結論家じゅうの蛇口を閉めてもメーターのパイロットが回っていれば宅地内の漏水で、指定給水装置工事事業者に直してもらったうえで申請すれば、増えた水量の一部について料金の減額を受けられる場合があります。
同じテーマの記事
タグ #賃貸 #家賃値上げ #借地借家法 を含む他のカテゴリの記事も見る