退職金で住宅ローンを一括返済すべきか — 60代で残債500万円、老後資金との配分の考え方
残債数百万円・残期間が短く控除も終わっているなら完済が向きやすい一方、残債が大きい場合は半分残して手元資金を厚くした方が安全な場合もあります。退職後半年は判断を急がず、生活費と年金収入を実額で確認してから決めます。
目次(10項目)
定年で受け取った退職金がまとまった額になると、住宅ローンの残りを一気に返してしまおうか、という相談を受けることが増えます。気持ちはよく分かります。月々の返済から解放されたい、利息も払いたくない、家計をシンプルにしたい。退職金は基本的に「もう増やせないお金」でもあり、一括返済で老後の手元資金が薄くなりすぎると別のリスクを抱え込みます。残債の大きさ、残りの期間、金利、健康状態、家族構成を一つずつ整理してから決めるのが安全です。
退職時にローンが残っている人の典型パターン
国土交通省の住宅市場動向調査では、住宅ローンを利用して家を購入した世帯のうち、完済予定年齢が70歳を超えるケースが半数近くを占めると示されています。教育費がかさむ期間と返済期間が重なっていた世帯では、若いうちに繰り上げ返済する余力がなく、定年時点で500万〜1,000万円の残債を抱えているのが珍しくありません。
ここで考えるべきは「残債そのものの金額」だけではなく、退職金から差し引いた後に残る手元資金が、想定する老後の生活費を何年支えられるかです。退職金が2,000万円で残債が800万円なら、完済しても1,200万円残ります。生活費が月25万円なら4年分。年金収入で月の不足分が5万円程度なら20年もちますが、固定資産税や医療費の臨時出費を考えると、4年分の余力では心もとなく感じる方もいます。
完済予定年齢が70歳超で月々の返済が7万〜10万円あるとき、年金収入だけで返し続けるのは家計のかなりの重荷です。再雇用で65歳まで給与収入があるうちに完済目処を立てたい、というのが多くの相談者の本音です。
完済の魅力と、見落とされがちな弱点
完済の最大の魅力は、毎月の返済額がそのまま家計から消えることです。月8万円の返済がなくなれば、年金生活でもかなり余裕が出ます。利息支払いの圧縮も大きい。残債800万円・残期間15年・変動金利0.7%なら、残り総利息は40万円台。決して小さくありません。心理的な安心感も無視できません。
その一方、完済には見落とされやすい弱点もいくつか潜んでいます。
まず団体信用生命保険(団信)の存在です。住宅ローンを抱えている間、契約者が亡くなったり高度障害になれば、残債は団信から支払われます。配偶者にローンを背負わせずに家を残せる保障の役割を果たしています。完済すれば、この保障は消えます。65歳前後で健康なつもりでも、5年後・10年後に何があるかは分からず、生命保険を新たに用意すると保険料負担が重くなります。
次に住宅ローン控除の残期間です。住宅ローン控除は、入居から13年または10年まで適用される仕組みで、年末の残債残高の0.7%が所得税から差し引かれます。退職後で所得が下がれば控除しきれない年もありますが、年金や再就職で課税所得が残るうちは数万円単位の節税効果が続きます。控除期間が残り3〜5年で所得もそれなりにあるなら、その期間だけは返済を続けて控除を取り切るという選択もあります。
そして流動性の問題が残ります。完済で手元資金が一気に減ると、急な出費に対応できなくなります。退職後に親の介護費が発生する、家屋の修繕が必要になる、配偶者が大きな病気にかかる、といった出来事に貯蓄で対応できず、結局はリバースモーゲージやカードローンを検討する流れになる事例もあります。リバースモーゲージは家を担保にした融資ですが、金利は住宅ローンより高く、年齢条件もあるため、誰でも使える手段ではありません。
手元に残す金額の目安をどう考えるか
老後資金の必要額には決まった正解がありません。一般的な目安として、月々の生活費の10年分を最低ラインに置く考え方があります。月25万円の生活なら3,000万円、月20万円なら2,400万円です。年金で足りる差額分しか取り崩さないなら、必要額はもっと少なくて済みます。
夫婦2人で厚生年金と国民年金を合わせて月22万〜23万円受け取れる世帯なら、生活費を月26万円に抑えれば月3〜4万円の取り崩しで済みます。年40万円ほど。10年で400万円、20年で800万円、30年で1,200万円。これに介護費・住宅修繕費・葬儀費の臨時支出として300万〜500万円を別枠で見込んでおくと、合計1,500万〜1,700万円が必要な手元資金の目安になります。
退職金2,000万円・残債800万円のケースで完済すると、手元は1,200万円。臨時支出枠を差し引くと700万〜900万円しか残らず、若干心細い領域に入ります。残債を半分にあたる400万円だけ繰り上げ返済して、残りを月々の返済で続けるなら、手元には1,600万円残り、緊急時の余力が確保できます。
部分的な繰り上げ返済という現実的な選択肢
「全額返すか・全額残すか」の二択で考えがちですが、実務では「半額返済」や「3分の1返済」が落としどころになります。
部分的に繰り上げ返済するときは、銀行で2つの方式を選びます。「期間短縮型」は毎月の返済額を変えずに残り期間を縮める方式で、利息軽減効果が大きい代わりに、月々の家計負担はそのままです。「返済額軽減型」は期間を変えずに月々の返済額を減らす方式で、家計のキャッシュフローが楽になります。
退職後で年金生活が中心になるなら、毎月の固定費を下げる「返済額軽減型」を選ぶ世帯が多くなります。月8万円の返済が月3万円に下がれば、年60万円の家計余裕が生まれます。利息の圧縮効率は期間短縮型のほうが高いものの、退職後はキャッシュフロー優先で考えるほうが暮らしを楽にします。
なお、繰り上げ返済の最低金額は銀行によって異なります。1万円から可能なネット銀行もあれば、100万円単位を求められる地方銀行もあります。完済前提でなく、ボーナス時期に小刻みに返したい場合は、契約している銀行の繰り上げ返済条件を一度確認しておくと、後の選択肢が広がります。
変動金利の上昇局面で判断はどう変わるか
ここ1年で変動金利の優遇後金利は0.7%前後まで上昇し、銀行によっては0.9%台のところも出てきました。日銀の追加利上げが議論されている時期で、今後さらに上がる可能性を完全には否定できません。残期間が15年・20年と長く変動金利のまま、将来の利上げに家計が耐えられるか不安、というケースでは、完済または大幅な繰り上げ返済の合理性が増します。
一方、フラット35などの全期間固定で1.5%台のまま残10年なら、利息総額が読み切れているので、無理に完済せず手元資金を厚くしたほうが安心という判断もあります。固定金利型は将来の金利上昇リスクを銀行側が引き受けてくれている状態で、その「保険料」をすでに払っている形に近く、慌てて手放す必要はありません。
変動金利と固定金利が混ざっている場合は、金利が高い方から優先して返すのが基本です。借入時期や残期間が違う複数のローンを抱えていれば、金利・残期間・残債の3点を一覧化して、利息総額が最も減るものから返していくと無駄が出ません。
ケース別に見る判断例
退職金1,500万円・残債500万円・残期間8年・変動0.6%・控除終了・夫婦健康のケースでは、完済しても手元1,000万円が残ります。月の年金不足が3万円なら30年もちます。控除はすでに使い切っており、団信保障の価値も残期間が短いため相対的に下がっています。完済が向く局面です。
退職金2,500万円・残債1,500万円・残期間20年・変動0.85%・控除残5年・配偶者専業主婦のケースでは、完済すると手元1,000万円。20年の年金生活を見越すと心もとなく、団信保障の価値も大きい局面です。半額800万円を繰り上げて返済額軽減型を選び、残期間中に控除を取り切る形が無難です。
退職金1,000万円・残債300万円・残期間5年・固定1.4%・控除終了・健康に不安ありというケースでは、残債は小さい一方で団信保障の意味が大きく、流動性も確保したい局面です。あえて完済せず、5年で自然に終わる形を選ぶ判断もあり得ます。
「自分はどのケースに近いか」を一度紙に書き出して、退職金・残債・残期間・金利・控除・健康・配偶者の収入を並べてから判断すると、感情ではなく数字で決められるようになります。
完済を見送って投資に回す選択肢はどうか
「住宅ローン金利は0.7%なのだから、投資で年3%回せば差し引きで得をする」という考え方もあります。理論上は正しい一方、退職後は給与収入が止まり、投資のドローダウン、つまり一時的な含み損に耐える余裕が現役時代より小さくなります。新NISAの非課税枠を使い切っていない世帯であれば、年間120万円の投資元本枠は残しつつ、残りは住宅ローンに充てるという折衷案も検討できます。
退職後の投資は「家計の余剰だけで行う」「リスク資産は資産全体の3割以内に抑える」が一般的に言われる目安です。退職金の全額を投資に回して住宅ローンを返さない、という方針はリスクとリターンの非対称性が大きく、リーマン級の下落時に取り崩しを迫られると損失が確定します。完済か手元に置くか、という選択の中に「投資に回す」を割り込ませる場合は、家計全体のリスク許容度を改めて見直してから判断するのが安全です。
一括返済の手続きと発生する費用
一括返済を決めたら、まず銀行に「一括完済の申し込み」を行います。多くの銀行はネットバンキングや書面で受け付けます。手数料は無料〜2万円。完済日当日に残債と最終利息を含めた金額が口座から引き落とされます。完済日は月末を選ぶか月初を選ぶかで日割り利息が変わるので、銀行に確認してから振込日を決めます。
完済後にやるべき手続きが抵当権抹消登記です。家の登記簿には銀行の抵当権が設定されたままなので、これを外す手続きが必要になります。司法書士に依頼すれば1万5,000〜2万円、自分で法務局に出向けば登録免許税の数千円で済みます。手続き自体は難しくないものの、銀行から送られてくる解除書類を紛失すると再発行が面倒です。完済後すぐに進めるのが安全です。
住宅ローン契約時に保証料を一括で支払っていた場合、完済時期に応じて保証会社から「戻し保証料」が返ってきます。100万円以上戻るケースもあるので、保証料の支払い方法を契約書で確認しておきます。戻し保証料は契約書類や金消契約書に「保証料一括前払い」と明記されているかが目印です。
判断を急がず、退職後半年は普通預金で寝かせる
退職金が振り込まれた直後は「早く返したい」という気持ちが強くなります。退職してから半年〜1年は生活パターンが大きく変わる時期で、想定外の支出が出てきます。実家の片付け、車の買い替え、家族の急な医療費。退職金をそのまま住宅ローンに回してしまうと、こうした出費に対応できず、結局カードローンや住宅ローンの再借入を検討する流れになる、というケースもあります。
退職後しばらくは普通預金で寝かせ、年金生活が始まって毎月の収支が見えてから判断しても遅くはありません。半年分の年金額が振り込まれ、固定資産税や住民税の請求が一巡してから繰り上げ返済を実行する、というペースの方が安全です。
退職金の使い道を考えるときは、住宅ローンだけを切り出して判断するのも危険です。退職後に国民健康保険料が想定より高い、配偶者の扶養に入れない、介護保険料が上がる、といった負担増が同時に発生します。夫婦どちらかが先に退職してもう一人がまだ働いている場合、配偶者の収入や社会保険の扶養範囲を踏まえて、いつ・いくら返すかを決めると無駄が出にくくなります。生活全体のキャッシュフローを1年単位で書き出し、住宅ローン・税金・社会保険料・生活費・医療費・予備費の年間収支を出してから、その余剰で繰り上げ返済を組み込むと判断がぶれません。
参考にした情報
国税庁の住宅借入金等特別控除のページ、国土交通省の住宅市場動向調査、住宅金融支援機構のフラット35サイトを参考にしました。金利動向や控除制度は毎年見直しがあるため、自分のケースで判断する前に最新の情報を確認してください。
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参考資料
掲載時点で確認した資料です。制度やガイドラインは変わることがあるため、手続き前には各機関の最新情報も確認してください。
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