住んでいる賃貸住宅が売られた場合、大家(賃貸人)の立場は原則として新しい所有者に移り、敷金の返還義務も新しい所有者が引き継ぎます(民法605条の2)。ただし、新しい所有者が借主に家賃を請求できるのは、建物の所有権移転登記をした後です。登記をしていない間は、前の大家に家賃を払い続けることも、法務局に供託することもできます(法務省パンフレット)。
「オーナーが変わりました。来月から家賃はこちらの口座へ」という通知が届いたら、登記事項証明書で建物の所有者が変わっているかを確かめてから振込先を切り替えます。登記事項証明書は誰でも請求できます(不動産登記法119条)。
この規定は2020年4月1日に施行された改正民法で設けられました。施行日より前に結び、その後合意で更新していない契約には、原則として改正前の民法が適用されます。この記事では、条文と法務省の案内で、大家の立場が移る条件、家賃の払い先、敷金、供託を確かめます。
大家の立場が新しい所有者に移る条件
民法605条の2第1項は、賃貸借が対抗要件を備えている場合に、その不動産が譲渡されたときは、賃貸人の地位は譲受人(新しい所有者)に移ると定めています。
建物を借りる場合の対抗要件は、借地借家法31条にあります。建物の賃貸借は、登記がなくても、建物の引渡しを受けていれば、その後にその建物の所有権などを取得した人に対して効力を持ちます。 法務省のパンフレットは、改正前の民法には、賃貸中の建物の所有者が代わったときに誰が賃貸人になるのか、新しい所有者が家賃を請求できるのかを定めた規定がなかったと説明しています。改正で、賃貸人の地位は原則として新しい所有者に移ること、新しい所有者が家賃を請求するには所有権移転登記が必要なことが明文化されました。
前の大家に立場が残る場合
民法605条の2第2項は例外を定めています。売った人と買った人が、賃貸人の地位を売った人に残し、買った人がその建物を売った人に貸すと合意したときは、賃貸人の地位は買った人に移りません。この場合、借主から見た大家は前の大家のままです。
また、民法605条の3は、大家が建物を売るとき、借主の承諾がなくても、売った人と買った人の合意で賃貸人の地位を移せるとしています。
通知の文面だけでは、どちらの形かは分かりません。誰が賃貸人になるのか、誰に家賃を払うのかを、前の大家と新しい所有者の両方に書面で確かめます。
家賃は登記の後から新しい大家へ
民法605条の2第3項は、賃貸人の地位の移転は、建物の所有権移転登記をしなければ借主に対抗できないとしています。
法務省のパンフレットは、BさんがAさんに貸していた建物をCさんに売った事例で、次のように説明しています。
- Cさんが建物の所有権移転登記を備えれば、Aさんに家賃を請求でき、AさんはCさんに家賃を払わなければならない
- Cさんが登記を備えていない間は、Aさんは引き続きBさんに家賃を払うことができ、家賃を供託することもできる
登記事項証明書で所有者を確かめる
不動産登記法119条は、誰でも手数料を払って、登記記録に記録されている事項を証明した書面(登記事項証明書)の交付を請求できるとしています。建物の登記記録で、所有権の移転が登記されているかを確かめます。
法務局の案内によると、窓口で請求すると600円、オンラインで請求して郵送で受け取ると520円、最寄りの登記所や法務局証明サービスセンターで受け取ると490円です。オンライン請求の手数料は、インターネットバンキングやPay-easy対応のATMで納付できます。
振込先変更の通知が来たら
- 通知の差出人(新しい所有者や管理会社)と、建物の住所・部屋番号が合っているかを見る
- 登記事項証明書で、建物の所有者がその人に変わっているかを確かめる
- 前の大家(またはこれまでの管理会社)に、売却したこと、賃貸人の地位がどうなったか、敷金を誰が引き継いだかを確かめる
- 確かめられたら、次の支払日から振込先を切り替える。通知書と登記事項証明書は保管しておく
敷金は新しい大家が引き継ぐ
民法605条の2第4項は、賃貸人の地位が新しい所有者に移ったときは、敷金の返還義務を新しい所有者が引き継ぐと定めています。借主が建物の修理などに出した費用の償還義務(民法608条の必要費・有益費)も同じです。
敷金は、名目を問わず、家賃などの借主の債務を担保するために借主が大家に渡したお金です(民法622条の2)。「保証金」という名前でも、その目的で渡したものなら敷金に当たります(法務省パンフレット)。返還されるのは、賃貸借が終わって部屋を返したときで、額は受け取った敷金から未払いの家賃などを差し引いた残りです。
賃貸人の地位が新しい所有者に移っていれば、退去時に敷金の返還を求める相手は新しい所有者になります。前の大家と新しい所有者の間で敷金をどう精算したかについては、今回読んだ資料に記載がありません。入居時の契約書と敷金の預かり証は、大家が変わったあとも保管しておきます。
2020年4月より前の契約
法務省のパンフレットによると、賃貸借などの契約には、原則として、2020年4月1日より前に結ばれた契約には改正前の民法が、それ以後に結ばれた契約には改正後の民法が適用されます。施行日後に当事者が合意で契約を更新したときは、新しく契約を結んだ場合と同じく、改正後の民法が適用されます。
手元の契約書や更新契約書の日付を確かめます。法定更新(合意によらない更新)の場合の扱いは、今回読んだパンフレットには書かれていません。
誰に払えばいいか分からないときは供託
民法494条は、債権者が受け取りを拒んだとき、受け取れないとき、弁済する人が過失なく債権者を確知できないときに、弁済の目的物を供託でき、供託した時に債務が消えると定めています。
法務省の供託の案内は、家賃の弁済供託ができる主な例として、次を挙げています。
- 受領拒否:支払日に家賃を持っていったが、値上げや明渡しの要求などを理由に受け取りを拒まれた
- 受領不能:家主が行方不明など
- 債権者不確知:家主だと名乗る複数の人から請求を受け、どちらに払えばよいか分からない。家主が亡くなり、相続人が誰か分からない
供託Q&Aは、債権者不確知といえるには、(1)当初は特定の人のものだった債権が、その後の事情で変わったために債権者が分からなくなったこと、(2)分からないことが債務者(借主)の過失によらないこと、の両方が必要で、当たるかどうかは個別の事案で判断するとしています。家主が亡くなって相続人が分からない場合は「何某の相続人」、二人の間で争いがある場合は「甲又は乙」を被供託者として供託できます。
また、供託Q&Aは、家主と顔を合わせたくないといった理由では供託できず、供託できるのは受領拒否・受領不能・債権者不確知の場合に限られるとしています。
供託の手続き
- 供託先:債務の履行地にある供託所(法務局・地方法務局とその支局)
- 必要なもの:供託書(供託所で受け取れる)。家賃の供託では、物件の所在、構造、種類、家賃、支払日などを書くので、賃貸借契約書を手元に用意する
- 自宅のパソコンからオンラインで供託することもできる
- 毎月続けて供託するときは、供託カードの交付を申し出ると、次回から供託書の記載の一部を省ける
この記事で確認できなかったこと
2026年11月8日時点で、次の点は今回読んだ資料では確かめられていません。
- 2020年3月31日以前に結び、合意更新していない契約で、大家が変わったときの扱い(改正前の民法とその解釈)。
- 所有権移転の登記がされた後に、知らずに前の大家へ払ってしまった家賃の扱い。
- 管理会社だけが変わり、所有者が変わらない場合の手続き。
- 振込先変更を装った詐欺の手口と相談先。
- 大家が変わったときに、新しい大家が契約書の作り直しや手数料を求めることができるか。
参考資料
- 法務省 2020年4月1日から賃貸借契約に関する民法のルールが変わります — 賃貸不動産が譲渡された場合の事例、敷金の定義、経過措置
- e-Gov法令検索 民法 — 494条、605条の2、605条の3、608条、622条の2
- e-Gov法令検索 借地借家法 — 31条(建物の引渡しによる対抗力)
- e-Gov法令検索 不動産登記法 — 119条(誰でも登記事項証明書を請求できる)
- 法務省 供託Q&A — 受領拒否・受領不能・債権者不確知、「何某の相続人」、供託カード
- 法務省 供託 — 家賃の弁済供託ができる主な例、供託所、供託書
- 法務局 登記事項証明書等のオンライン請求 — 手数料600円・520円・490円
- 法務省 オンラインによる登記事項証明書等の交付請求(不動産登記関係) — 手数料の電子納付