親が認知症と診断された後の銀行口座。代理人カード・成年後見・家族信託のどれで日常のお金を回すか
認知症の診断書だけで口座は止まりません。本人の判断能力が残るうちは代理人カードか代理人指名制度、難しくなったら法定後見の申立て、診断前なら家族信託、と段階ごとに使う道具が変わります。
目次(9項目)
「親が認知症と診断されたから、口座が止まる前に動いた方がいい」と急に言われて慌てるご家族が増えています。実際には診断書を銀行に出した瞬間に凍結されるわけではなく、本人が窓口で見せた様子を行員が記録した時点から、扉が少しずつ閉じていく仕組みに近いです。まず確認したいのは、いまの親の判断能力がどの段階にあるか、毎月の生活費を誰のどの口座から動かしているか、この見取り図を家族で共有しているかの3点です。
認知症と診断されただけで口座が止まるわけではない
医療機関で発行された診断書を、家族が窓口に提出した時点で口座を停止する運用は、銀行側の標準ではありません。診断書はあくまで医学的判断のための書面で、預金を動かす権限とは切り分けられているためです。実務では、家族から「父が認知症と診断された」と窓口で伝えると、当面は代理人カードと代理人指名制度の案内に進む銀行が多めです。
止まり始めるのは、本人が窓口で意思確認に答えられなくなった場面です。具体的には、引き出し時に「目的は何ですか」と尋ねられても答えが出ない、暗証番号を3回間違える、同じ質問を数分内に何度も繰り返す、行員の説明に対して内容が一致しない反応を返す、といった様子が記録され、店舗内で共有された後、次回の来店時に引き出しが保留になる、という流れです。
「診断書を出した時点で動かなくなった」と思われがちな実例の多くは、診断書の提出よりも前に、本人が窓口で苦戦している様子が積み重なっていたケースです。家族が早めに代理人手続きを進めたい場合も、診断書を先に出すよりは、本人と一緒に窓口へ出向き、代理人カードや代理人指名制度を申し込む順序の方が、後の動きが残ります。
軽度・中等度で家族ができることの境目が変わる
認知症と一口に言っても、軽度認知障害(MCI)、軽度、中等度、重度で、家族が動かせる範囲が変わります。軽度認知障害から軽度の段階では、本人が委任意思を示せる場面が多く、代理人カード・代理人指名制度・家族信託のすべてが選択肢に入ります。中等度に入ると、契約行為が必要な家族信託は判断が分かれ、代理人指名制度も新規申込みが難しくなる場面が出てきます。
進行を見るときの目安に長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)があり、20点以下で認知症の疑い、10点以下で中等度以上の目安と扱われます。受診時に主治医に点数を聞いておくと、銀行や公証役場での見通しを立てるときに役立ちます。ただし点数はあくまで参考で、本人の日常生活でできていることが重要視されるため、銀行や役所での意思確認は、点数よりも当日の応対で判断されます。
銀行が「窓口での違和感」を記録する瞬間
全国銀行協会の指針では、高齢の顧客が大口の引き出しや解約を申し出た場面で、本人の意思と背景を慎重に確認する手順を求めています。意思確認に時間がかかると判断された段階で、行員は窓口の応対メモを残し、後日同じ口座を動かそうとした家族が窓口に来た時に、その記録が照会される仕組みです。
ここで気をつけたいのは、家族が善意で「父の代わりに引き出します」と申し出ても、本人の委任意思が確認できなければ受け付けてもらえないことです。本人を一緒に連れて行けば動かせる場面が多い一方、本人がその場で「自分で来た」「目的は◯◯」と答えられないと、その日の引き出しは見送りになります。同居の家族が窓口に常駐して説明を加えても、行員は本人に直接尋ねる手順を崩しません。
定期預金の解約、生命保険料の控除設定の変更、住所変更などは、引き出し以上に意思確認が厳しめです。診断後に手続きを進めたいときは、本人の調子が良い午前中の時間帯を選び、本人が普段使っているメモや健康保険証を持参すると、対話の流れが落ち着きやすくなります。
代理人カードと代理人指名制度でつなげる範囲
判断能力が残っているうちに動かしたいのが、代理人カードと代理人指名制度の2本柱です。代理人カードは普段使っているキャッシュカードと同じATM操作で引き出せる追加カードで、配偶者・子・親に限って発行するのが各行の標準的な扱いです。1日の引き出し上限は本人カードと共通で、月20〜50万円の範囲で日常の家計を回す家庭が多めです。
代理人指名制度はもう少し広く、窓口での払戻し・定期解約・住所変更まで委任できる仕組みで、本人と代理人が一緒に窓口へ出向き、書面で代理人を登録します。本人が来られなくなる前に登録しておくと、後日代理人だけで通常の支払いを進められます。三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行、ゆうちょ銀行で名称や受付窓口が違うため、口座を持っている銀行のウェブサイトで「代理人」「予約型代理人」と検索し、その銀行の運用を確認しておきます。
代理人カードと代理人指名制度は併用できるため、ATMで動かす日常分は代理人カード、定期解約や大口の引き出しは代理人指名制度、という役割分担で組むご家庭も増えています。発行手数料は無料〜1,100円が目安で、申込みから受け取りまで2〜4週間かかります。
法定後見の申立てから後見人が決まるまでの実費と期間
判断能力が十分でなくなった後の標準ルートが、家庭裁判所への法定後見の申立てです。申立書には診断書(指定書式)、戸籍謄本、親族関係図、財産目録、収支予定表を添付し、本人の住所地の家庭裁判所へ提出します。実費の目安は、収入印紙800円、登記印紙2,600円、郵券3,000〜5,000円、診断書5,000〜10,000円で、本人の判断能力をさらに詳しく見るための鑑定が必要になれば、追加で50,000〜100,000円が加わります。
申立てから後見人が決まるまでの期間は、鑑定がなければ2〜3か月、鑑定が必要なら3〜6か月が目安です。家族が候補者として手を挙げても、本人の財産が1,000万円を超える、相続人間で意見が分かれている、不動産の管理が見込まれるといった事情があると、弁護士・司法書士の専門職後見人が選ばれる場面が増えます。後見人が決まった後は、本人の財産管理は後見人を経由する形になり、家族が自由に動かす選択肢は閉じます。
後見人への報酬は本人の財産から月2〜6万円が継続的に支払われ、家庭裁判所が金額を決めます。平均寿命まで続くと累計100〜300万円の負担になることも見込んだうえで、いつ申立てを切り出すかをご家族で話し合っておきます。家庭裁判所への申立て後の取り下げは、原則として認められません。
家族信託は元気なうちにしか組めない、判断能力の境目
家族信託(民事信託)は、本人が元気なうちに自分の不動産や預金を子に託す契約で、信託契約書を公正証書で作るのが実務の流れです。費用は信託財産の規模により30〜80万円が目安で、組成後は信託口口座から子が日常の支払いと不動産管理を進められます。法定後見と違い、家庭裁判所への定期報告は不要で、家族の裁量で柔軟に動かせる利点があります。
ただし家族信託は契約行為のため、本人の判断能力が十分でなければ作れません。アルツハイマー型と診断された後に「これから家族信託を組みたい」と相談しても、公証人が本人と直接面談したうえで内容を理解できないと判断すれば、受け付けが断られます。診断前の段階でしか選びにくい道具という性格を理解しておくと、診断後に家族信託を勧誘されたときに、いったん公証人の事前面談を挟んでから依頼を決める判断ができます。
月10万円までの生活費を安全に動かすための導線づくり
実務的に、毎月の家賃または住宅ローン残債、光熱費、介護サービス利用料、薬代、食費を合わせると、親世代1人で月10万〜18万円の動きが必要になるご家庭が多めです。この範囲を安全に回すには、診断直後の数週間で本人と一緒に銀行へ行き、代理人カードを発行し、公共料金と通信費の口座振替先を整理し、年金振込口座は変えずに月初の入金後すぐ生活費分を別口座へ移しておく、という導線を作っておきます。導線が整っていれば、後で本人の窓口対応が難しくなっても、3〜6か月は家計の動きが続きます。
施設に入る予定があれば、介護施設の利用料引き落とし口座を、後見人が立つ前に決めておきます。利用料の自動引き落とし設定の変更は本人意思が要るため、判断能力が残るうちに済ませておくと、入居月に慌てずに済みます。クレジットカードの引き落とし先、生命保険料の引き落とし先、固定資産税の引き落とし先も、同じタイミングで一度棚卸ししておくと後の手数が減ります。
兄弟姉妹で温度差があるときに後でもめないための記録
代理人カードを持つ家族が1人だけだと、別の兄弟から「使い込み」を疑われ、関係が崩れていく実例が見られます。引き出しの記録、領収書、月単位の家計簿を共有フォルダに残し、月1回でも親族のLINEグループで報告する流れを作っておくと、後の相続時にも整合性のある説明ができます。報告のタイミングを毎月決めておくと、続けやすくなります。
法定後見が始まった後は、後見人が年1回家庭裁判所に財産状況を報告するため、家族間の疑念は減ります。それまでの数年間は、家族による自主的な記録が重要です。介護費用の領収書は確定申告の医療費控除の対象に入る場合があるため、保管しておくと別の場面でも役立ちます。
参考資料
法定後見の制度設計と申立て手続きの全体像は、法務省の成年後見制度ページに整理されています。家庭裁判所が用意する申立書式と書類サンプルは、各家庭裁判所のウェブサイトから取得できます。銀行側の高齢顧客対応の指針は、全国銀行協会と金融庁が示す枠組みを確認すると、窓口での扱われ方を予測しやすくなります。
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参考資料
掲載時点で確認した資料です。制度やガイドラインは変わることがあるため、手続き前には各機関の最新情報も確認してください。
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